第1期日韓こころの交流講座
    家族〜その新しい波〜

      2004年2月7日



新しい時代に新しい子育て



     大日向 雅美


4つの壁

 「女性が生きづらい社会は、コインの表と裏のような関係で、男性も生きづらい。そして、男性も女性も老若問わず生きづらい社会」と、こういう考え方を私は常々しております。

 日本の問題を国際的水準で見ますと、男尊女卑の国という大変ありがたくない形容詞をつけられています。なぜかと言いますと、数字ではっきり解ってしまっているのです。

 女性に焦点を当ててみると大変高い教育を受け、いろんな力を持っているにもかかわらず、女性が社会で活躍する場が依然として与えられていないということが、毎年発表されるUNDP(国連開発計画)の指数で表されてしまっているのが実態なのです。

 女性の人生の壁、男性の人生の壁から紹介してみたいと思います。女性の人生には4つ壁があります。「就職」「結婚」「子育て」「介護」です。女性の時代といわれていて、女性が本当に生きやすい時代を迎えたといっても、現実に足元を見つめてみるとそんなことはない。

 まず、女性が人生最初にぶつかる大きな壁が就職です。「男性は確かに厳しいかもしれない。転勤もある、部署も変わっていく、でも、その度にステップアップしていける。女性の場合にはその道が閉ざされています」女性はそんなことをいっています。本当に厳しいなと思います。そうなると、女性たちはこういう意識を持ちます。「仕事を辞める。でも、ただ辞めるんじゃない。私、男性並みに働くことはやめる。でも、女性にしかできないことがある。そしてそれは男並みに働くことよりもある意味価値のあることだ。だから辞めるんだ」と。

 今、母性回帰現象あるいは母子化現象が再び起こっているといわれています。結婚してお母さんになるというのです。結婚、子育て、しかし、その夢がまた、第2、第3の壁になるのです。この結婚、子育てに関する壁というのは、今日のテーマの中核ですので、後でゆっくりお話させていただくとして、4番目の介護の問題に先に移らせていただきたいと思います。

介護

 結婚も子育てもいばらの道です。でも女性たちは何とかしてそれを乗り越えて40代後半になります。やっと私らしい人生を送れると思ったときに第4の壁がドンと落ちてくる。それが介護なのです。自分の親はともかく、夫の親が倒れる。有無をいわさずその介護がお嫁さんに、妻に課せられる。これが現状です。

 もっとも、介護保険法が成立して、いろいろ変わってはきています。また、世論調査をしますと、これからの介護は家庭内の女性の手だけでは担えないという項目に8割から9割の人が丸をつける時代です。

 でも、それはあくまでも一般論なのです。現実に、自分の親が倒れると有無を言わさず嫁に、妻に介護を託す。

ラグビー

 私は、子育てはとても素晴らしいものだと思っております。自分自身の経験からしても、私の持論は子育てというのは楽苦しいものと数年前までいっておりました。

 2年ほど前、あるシンポジウムでラグビーの元日本代表選手である大八木淳史さんとご一緒いたしまして、そのときも子育ては楽苦しいものでといいましたら、「楽しい、苦しいと書くならその後に美しいと付けてみて、ラグビーでしょ」とおっしゃいました。本当にそうだと思います。楽しいけど辛いこともある。でも、苦楽を乗り越えて振り返ってみると、人生の花、人生の美しい1コマだ。これが子育てだと思うのです。

 ところが、ラグビーにならない現実がある。いざ、子育てを始めてみたお母さんたち、子育て真っ最中のお母さんからいろんな辛い声が全国から私の元に届いています。その方々の声をご紹介したいと思います。

 「決して子供が嫌いではないのです。子供はかわいい。生まれてきてくれたことを感謝している。それなのになんでこんなに辛いの。我が子なのに、時には顔を見るのも嫌になる」というような本当に辛い辛い声があります。いったい何故なのでしょうか。かわいいけど、聞き分けがなくて、手間のかかる子供とゆとりを持って接するためには、お母さん自身にも、いつもとは申しませんが、ほっとできる時間を差し上げたいなと私は思いますが、それがなかなかない。



 次に辛いのは、「話し相手がいない」。これは心が辛くなります。私たちはいろんな辛いことを悩み抱えていると思いますが、どんな悩みも聞いてくださる方がいるだけで、うんと肩の荷が下りるのではないでしょうか。でも、その話し相手がいないのです。

 誰に一番話を聞いてもらいたいと思っていると思いますか。実家のお母様、ご近所の方、あるいは同じくらいのお子さんをお持ちのママ同士のお友達でしょうか。それもそうです。でも、一番期待する相手、そして、一番その期待を裏切る相手は誰でしょうか。夫なのです。この夫の問題は大変根の深い問題が日本社会にはありますので、後でまとめて話したいと思います。夫が機能していないということ、これが家族の問題の中で非常に大きなキーポイントになっております。

トンネル

 さらに子育て真っ最中のお母さんというと、とかく小さいときは専業主婦になる方が多いのです。働く女性が増えたといっても、6割強は専業主婦です。0〜2歳くらいのお子さんをお持ちのお母さんたちは、社会から取り残されるような寂しさを訴えています。

 子育てが一段落ついて、「もう一度社会に戻りたい。もう一度何らかの形で仕事をしたい。できることなら元の職場に戻ってみたい」そんな風に思っても、日本の社会は子育てで、数年間のブランクのある女性の受け皿がない社会だといいます。それを「出口のないトンネルをさまよっているみたい」という言葉で表現したお母さんもいます。

 そして、そこにさらに、お母さんなら立派に育児ができて当たり前、こんなプレッシャーもたくさん出てきます。

母性愛

 専業主婦の方は仕事を辞めて、「今私はこの子の育児にかけてるんだ。この子の成長発達が私の通信簿だ」そんな風に思っているお母さんたちが大変多いのです。もっとも「私は立派に育児をしよう」とか「この子のためにできるだけのことをしよう」という心根は大切だと思います。でも、それがいつしかこの子のためではなく、自分自身の存在の証となったとき、気がつかないうちに母性愛を語って子供を苦しめていくのではないでしょうか。

 30代になった子供たちが母親を恨む言葉をぶつけるのだそうです。「お母さん、私は(僕は)あなたに愛されなかった」びっくりしますよね。「お母さんが懸命に僕や私たちのためにやってくれたのは分かっている」「でも、何故、僕や私たちを育ててくれた日々を語るとき、お母さんは犠牲という言葉を使うの?何故、喜びだといってくれなかったの?犠牲という言葉を使うお母さんに僕たちはとても辛かった」「だからいつもお母さんの気に入るように、お母さんに喜んでもらえるように勉強した」「テストの成績も、お母さんに喜んでもらわなくちゃ。進学も就職も結婚相手も、全部お母さんの期待に応えられるかなといつもびくびくしていた」「お母さんは自分の期待通りのことをしたときは、『自慢の子よ』といって喜んでくれた」「でも、それが叶えられなかったとき、あからさまにがっかりしたような侮辱したような表情をしていたのが自分で分からなかったの?」「だから私たちは、小さいとき『あるがままでいいよ』といわれた記憶がない。『あなたはそのままで、いるだけで、生まれてきてくれただけでありがたいのよ。今いるだけでお母さんは幸せなのよ』そう言って受け止めてもらった記憶がない。いつもいつも、あなたの通信簿が僕であり、私だった」

3Cへ

 働くお母さんも増えてきています。そのお母さんたちも、とても苦しんでいます。なぜなら、仕事と子育ての両立はほとんど女性が担っているからです。仕事と子育ての両立支援ということを、行政も企業も少しずつではありますが、いい始めてくれています。でも、依然としてその対象は女性なのです。女性だけが仕事と子育ての対象になっている限り、女性の大変さは変わらないです。しかもそこに「3歳児神話」というプレッシャーがかかるのです。「小さいときにお母さんが育児に専念しないと子供が寂しい思いをして将来ゆがむ」そんないわれなき3歳児神話に苦しみます。もっとも今、いわれなきといういい方を簡単にしましたが、この神話には大変大事な要素も含まれています。でも、偏見、錯覚、誤解も多い。そういういわゆる偏見の下で働くお母さんたちが、3歳児神話のプレッシャーに苦しむ。働いていても、働いていなくてもとても辛いのはお母さん。だから子育てが壁なのです。

 しかも、その大変さを夫があまり分かってくださらない。「『いいなぁ、君はこんなかわいい子と1日中、一緒にいて。ときには昼寝くらいできるんだろ?』などといわれて本当に辛い。どうして夫はこんなに理解がなくて非協力的なんでしょうか」育児相談をお受けしていますと、夫に対する不満というのがかなりの割合を占めています。日本の女性たちの育児相談を受けていますと、こういう「夫にはずれた」というような言葉が多いのです。

 「せめて何とかして欲しい。例えばせめて脱いだものを洗濯機のところにまとめておいて欲しい」とか。全部脱ぎ散らかして歩く夫とか、子供以上に世話のかかる夫というのもいるそうですが、それは論外としましても、妻が夫に求める条件、3高から3Cへ。高というのは、高学歴、高収入、高身長、マスコミが面白おかしく作った言葉なのです。

 バブルがはじけて10数年、私たちの生活はもっともっと、地道になってきました。3Cなのです。英語の頭文字3つをとっています。Communicative、Cooperative、Comfortableです。Communicativeは、話ができる人。そうですよね。この人なら心ゆくまで心癒される話ができると思うから同じ屋根の下で暮らしたいと思うのです。そして、Cooperative、一緒に力を合わせて家庭を、子育てを築いていこうとしてくれる人。3つ目にお金が入ってきてしまう。Comfortable、快適な生活ができるに足るだけの収入。ここでお金が入らなかったらいいなと私は思うのです。でも、日本社会はまだまだM字型就労で、女性の経済的自立がままならないというところでComfortableという条件が入ってしまうのです。

会話

  この3つの中で1番期待するのはCommunicativeでCooperativeです。でも、これが叶えられないから4つの「女性の人生の壁」のうちの結婚と子育てがやはりとても辛くなってしまう。
育児をする日本の男性、実は少ないのです。専業主婦の夫は15分、共働きの夫が11分です。日本の男性たちは、妻が専業主婦でも共働きでも、1日あたり10分程度、土日を入れてかろうじて20分です。

 育児を本当はしたいけどできない、職場環境が厳しいからといいます。もう一つ大きな原因があります。「なぜ、男が育児をしなくてはならないのか?」という考え方、こちらが大きな原因なのです。それが私は夫婦の会話だと思います。妻と会話を通して子育てを共有できるのです。いつもいつも、話してと申し上げているわけではないのです。本当にそれこそいざ、妻が今日だけは聞いて欲しいというときに聞いて欲しいのです。
 
 目の前で妻が苦しんでいる。「それをなぜ最後まで聞いてくださらない?そして説教するの?そして、こともあろうか他と比較して叱るの?」そこで妻は夫を見限るといいます。夫を見限ってもすぐ離婚というわけではないのです。心の中で見限って、仮面をかぶる。仮面をかぶった後、どうなるのでしょうか。「自分が満たされていない」「誰からも受け止めてもらっていない」一番わかって頂きたい夫が突き放すのです。だから、無意識のうちに子供にストレスを発散してしまう。言葉の暴力をぶつけ、いってはいけないことをいい、そして手を上げてしまう。それがエスカレートすると虐待までいかなくても、その1歩2歩手前のグレーゾーン的な行動をしてしまっています。

 こういう女性たちは、昨今急増したわけではないのです。実は30年前にこういうお母さんたちの声を聞いたことが、私が母性の研究に入ったきっかけでした。「母性愛」などというのは神話なのだ。お母さん一人に育児を託すのはもう限界なのだ。社会が子育て支援の必要性があるということを訴えてきました。

子育て

  冒頭、私は女性の問題を考えることはコインの表と裏のように、男性の生きづらさを考えることだと申しました。女性が生きづらいということは、男性も生きづらい。そして男は仕事、女は家庭・育児という性別役割分業が払拭されない限り、本当の意味で、人が人として尊重される生き方ができる社会の実現は難しいということです。日本社会は幸か不幸か少子化です。国が、行政が地域をあげて子育て支援に取り組み始めています。

 でも、子育て支援というのは、「子どもを持っている人が今楽しく育児をできる」それだけの支援であってはならないと思います。子どもがいる方もいない方も、老若男女共同参画なのです。本当に大人が男女の性別を超えて、人として尊重される生き方ができるとき、そして、それをできる一番の場所が家族なのです。多様な家族のあり方を認めなくてはいけない。
しかしそこで誰かが誰かの犠牲になるような生き方をしてはいけない。1人1人が、老いも若きも、病気のある方も健康な方も本当に尊重された生き方ができる。それを家族が保障しなければならない。
 
 でも、その家族の、本当に国際家族年の理念を尊重するために、一番のハードルとなっているのが、子育て、母性という名のもとに子育てを女性に託すという日本の考え方です。
それは女性は子育てのために、社会という舞台から下りなくてはいけない。逆に男性は、どんなに子育てをしたくても、家族を支えるために仕事という舞台から下りることを許されない。この男と女が子育てを挟んで向き合えなくなっている。この悲劇が少子化にあり、一部の虐待の急増、育児不安、育児ストレスへと繋がっているのではないのかと思います。

社会の仕組み

  ノルウェーの男性は90%育児休業を取っています。1ヶ月だけですが、強制的にお父さんしか取れない育児休業法というのを設定しました。それがパパクウォーター。お父さんがもし取らなくても代わりにお母さんが取られない。そうなると人間は現金なものです。取らなくちゃ損だということで取り始めた。いざ取ってみたら意識が変わり、とても楽しい。ノルウェーの男性たちは今、その1ヶ月間を「黄金の月」と呼んでいます。そして、「育児は父親の義務じゃないんだ、権利であり喜びだ」。ということは制度が人々の意識を変えるということなのです。

 それからもう一つ紹介したいのは、オランダのワークシェアリングの例です。オランダは今、男性も女性もゆったりと仕事をして、ゆったりと子育て、介護をしているのです。オランダもかつては日本と同じように少子化に苦しみ、失業率も高く、不景気だったのです。この3つを20年かかって、ほとんど同時に解決しました。
 
 オランダの奇跡を呼び起こしたものが1.5法というものなのです。パートタイマーになる方々に2つの保障を制度化してくれました。一つは同じ職業であれば時間給を同じにしなくてはいけない。もう一つはパートタイマーの期間であっても、年金・社会保険・昇進のチャンスに差別をつけてはいけないと、いわゆる社会保障を整備してくれました。これができたために男性も安心して子どもが小さいとき、あるいは親の介護が必要な時にパートタイマーになれるのです。女性もじゃあ、午前中だけなら働けるという風になるのです。

 多様な働き方が認められたので、失業率がなくなったのです。2人合わせると専業主婦の家庭よりも世帯収入が増えるので購買力がついて不景気が解消した。どういうわけか、赤ちゃんの生まれる率も増えて少子化も解消した。男性も女性も仕事も子育ても介護も地域活動も分かち合えるような社会の仕組みが必要だといいましたが、それを先取りしたのがオランダのワークシェアリングなのです。

 社会を変えるには地道な努力と歳月、そして男女共同参画が必要で、家庭でも地域でも職場でも、生活によって分けてしまうのではなく、お互いに出来ることを皆で分かち合うことが必要だという価値・理念が展開されていかなくてはならないだろうと思います。

プロフィール

大日向 雅美 (おおひなた まさみ)

恵泉女学園大学教授
日本こどもNPOセンター代表理事
専門 : 発達心理学・ジェンダー論

学歴・経歴
1973年 お茶の水女子大学卒業
同大学院 人文科学研究科修士課程
1983年 東京都立大学院 人文科学研究科 博士課程 修了
1985年 学術博士(お茶の水大学)
1995年〜1996年 オックスフォード大学 客員研究員

最近の主な社会的活動
東京都知事参与(1997年5月〜1999年3月)
文部科学省「男女共同参画の視点に立った家庭教育に関する調査研究会委員会」座長
文部科学省「今後の家庭教育支援の充実についての懇談会」座長
文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」臨時委員
厚生労働省「少子化社会を考える懇談会」委員
厚生労働省「社会保障審議会児童部会」委員  などを歴任

所属学会
日本心理学会、日本教育心理学会、日本発達心理学会、
日本小児保健協会


2003年「エイボン教育賞」受賞

主な著書
「メディアにひそむ母性愛神話」(草土文化)2003年
「母性愛神話とのたたかい」(草土文化)2002年
「子育てがつらくなったとき読む本」(PHP研究所)2001年
「子育てママのSOS」(法研)2000年
「母性愛神話の罠」(日本評論社)2000年
「子育てと出会うとき」(NHKブックス)1999年 
「母性は女の勲章ですか?」(扶桑社)1992年
「子育てがいやになるとき、つらいとき」(主婦の友社)1992年
「母性の研究」(川島書店)1988年
「母性愛神話のまぼろし」(大修館)2000年E.D.アイヤー著(大日向雅美・大日向史子訳)