第1 期日韓こころの交流講座                       家族〜その新しい波〜  
                                     2004年3月6日   

                              これからの家族

                                樋口 恵子


おばあさんの世紀

 これからの21世紀の時代は、日本の超高齢化が加速度をつけて進む世紀だといえます。
2002年1月に、国の厚生労働省の中にある社会保障・人口問題研究所が2050年までの人口予測を出しております。この人口予測が年金問題を含めて社会保障をたてるときの基礎となっているわけですが、大変ショッキングで話題になりましたのが、2050年の65歳以上の割合が現在のちょうど2倍くらいの35.2%になるということです。現在が18%なのですが、今の合計特殊出生率は1.34になっております。これが続いたとしたら、日本の2050年における65歳以上の人口は35.6%となり、切り上げると約4割、今の2倍になります。

 しかも75歳で前期高齢者、中・後期高齢者と分けますと、今はまだ65歳以上、75歳未満の前期高齢者が多いのですが、これから増えていくのは75歳以上の後期高齢者です。平均寿命の推移からでも分かることですが、一番最近のもので、2002年の平均寿命が男性78.32歳、女性85.23歳です。北欧諸国などがすぐ後に続いておりますけれど、平均寿命は男女とも世界一です。そして、2050年の予測される平均寿命は男子が81歳台、女子が89歳台になります。ということは今よりも男女とも平均寿命が3年くらい延びるということで、これだけでも後期高齢者が増えるということがおわかりいただけると思います。

 21世紀は日本の高齢化が続き、21世紀半ばには4倍近い65歳以上、特に女性は平均寿命の延び方が男性より長いですから、今の男女格差がまた開き、推定すると21世紀の日本人における人口の4〜5人に一人が65歳以上の女性ということになります。ですから私は、21世紀はおばあさんの世紀と呼んでおります。おばあさんが元気でなかったら、両方合わせて4割近くになるおじいさんも含めて高齢者が元気でなかったら、もたない社会だと申し上げておきます。


高齢化のスピード

 このことは、日本だけの問題ではなく、アジアの高齢化の世紀と呼ぶことができます。これは20世紀最後の動きを見ておわかりいただけると思いますが、日本は、大阪で万博が開かれた1970年に高齢化社会の定義「全人口の内65歳を超えた方を高齢者として、その比率が7%を超えた社会を高齢化社会という」という基準に入りました。そしてわずか24年で、1994年にはその2倍の14%になりました。日本の高齢化がいかにスピードが速いか、今のところ、この7%を超えてから14%になるまで(ダブリングタイム)のスピードは日本が世界一です。だから日本はある意味で、世界一高齢化に対応する時間がなく、その時間のない中で必死にやってきたといえると思います。それだけに予防策を2倍か3倍かけてやるところを一人、一生の中の24年でやっているわけですから、現実が変わっているのに政策が遅れている等の状況が随分長く続いたのではないかと思います。

 これから高齢化が急激に進み、おそらく近い将来、日本のダブリングタイム(24年間)を超える国があるとしたら、それは韓国をはじめとする東アジア、東北アジアの国々だといわれております。
 「7%を超えて高齢化」という定義に従って、欧米諸国、オセアニア諸国等、いわゆる先進国は高齢化しました。日本は1970年に少し遅れて入ったわけですが、それから絶えて久しくアジアの国々からは7%を超える国がなかったのです。

 ところが20世紀最後の年になって、アジアから2つの国(韓国・シンガポール)と2つの地域(台湾・香港)が7%を超えて今や高齢化社会に入りました。沿岸諸国だけでとっくにこの域を超えております。ですからこれからは東北アジアを中心に、シンガポールは入りましたし、まもなくタイ・マレーシアという国々、中国の膨大な人口が集積している沿岸部が高齢化に入ります。欧米先進国とは文化的、社会保障の今までの整備の仕方、男女のあり方、家族のあり方等からいっても欧米社会とは違う、文化的背景を持った国々が急激に高齢化していきます。

高齢化は世界を結ぶ

 先日、6カ国高齢化に関するグローバルパートナーシップの会議で、先進国では米・英、アジアから韓国・中国・タイ・日本の6カ国が集まって協議をいたしました。特にアジアの方々は、日本の介護保険をはじめとする急激な高齢化社会に対応した制度の行方を、息を凝らして見守っているという気がいたしました。

 私は日本の外交として意見を述べました。「21世紀、これは高齢化が世界を結ぶ時代になっています。対立の原因は、民族等あちこちにあるでしょうが、グローバルに高齢化が進み、急激に、構造的に変化していく中で、お互いに知恵を交換し、権限を交換しあうことは、本当に国が豊かに生きていくための必須条件です。高齢化は世界を結ぶし、結び合わなければ乗り切れないでしょう。これは喜ばしい乗り切り方です。戦争で血を流し、破壊した上にまた復興というのではなく、本当に新しく建設していく素晴らしい平和の集散です」大変共感していただきました。日本のある専門誌などは私の言葉を取り上げ「『高齢化は世界を結ぶ』というのは標語にしてもいいのではないか」と書いてくださり大変うれしく思いました。

21世紀はアジアの高齢化の世紀です。その中でリーダーシップを持って、経験を提供する大きな役割を果たすのが、最初に高齢化した日本、急激な変化の中で果敢に対応されている韓国、この2つの国がアジアの中での高齢化の対応策の推進役になっていかなければならないと思っております。

 2002年、国連が第2回目の「高齢化に関する世界会議」をマドリードで開きました。そのときに私ども高齢協、そしてその傘下にある高齢社会をよくする女性の会も参加いたしました。急激に高齢化するアジアにおいて、私たちの経験をアジアで共有するためにという分科会を作って11ヶ国集まっていただきました。

 儒教的な男子を中心とする家族制度が最も残っている典型的な国が日本と韓国だと思います。日韓というのは儒教的なバックグラウンドという意味では似ているところもありますが、少し違います。ある意味で韓国のほうが儒教的で、女性の地位もまた男尊女卑も日本以上に、国会議員の数でも、女性の進出度にしてもまだ日本ほどいっていません。ですから女性が元気なように見えながら、実際には社会の方針決定権はありません。まだまだ女性が財産をもつことや、家の跡を継ぐことなどに関しては抵抗があるのが現状です。

家族の変化

 さて、介護保険が生まれてくる背景というのが日本の高齢化の中で実現した家族の変化なのです。家族は昔から変わらないものだという方もいます。私はおそらくこういう意味では変わらないと思います。「人は何らかの家族関係の中に生まれる存在である」大部分の人は父親が確定しています。父親というのは人類の発明なのです。動物の世界でお父さんというのが確定している種目は少ないのです。だからこそ大事にすると同時に義務を果たして貰わなければといつも思います。ついでにいうと、日本のお父さんは韓国のお父さんより育児期間が短いです。韓国のお父さんはその次に短いです。ですから私は日本のお父さんは世界一の「育児なし」であると言っておりますが、いかに「育児なし」であろうとたいていの方は父親が確定しております。

 この前、新聞にヨーロッパでは、30%が非嫡出子とありました。そうすると日本人はすぐ誤解するのですが、非嫡出子は事実婚で生まれた子供です。事実婚というのは基本的に一夫一婦で、そして世間からも夫婦とみなされているが結婚届を提出していないだけです。欧米諸国では結婚届をした夫婦も、結婚届をしない夫婦も、嫡出で生まれても、非嫡出で生まれても子供の権利は変わりません。しかし、日本は違います。父の財産も、産みの母の財産すら2分の1しかもらえません。非嫡出子が北欧で50%とかいわれても、それは日本でいう父のわからない子がそれだけ生まれているというわけでは全くありません。差別がないから結婚届を出していないだけなのです。

 アメリカなどとも違い、スウェーデンはある意味で一番厳しい国です。私は、不妊症で体外受精をするときの決まりに関して、アメリカ、イギリス、アングロサクソンの国が取っている政策よりもスウェーデンの政策のほうがいいのではないかと思っています。アメリカやイギリスは割と自由です。精子の保存バンクもあるくらいで、向井亜紀さ
んのような代理母ができる先進国もあります。日本も体外受精は認めていますけれど、法律はまだ整備されておりません。今のように生殖医学が発達した社会において、その法律を整備していく時に社会の家族観が反映されますから、こういう問題から家族を考えてみるというのも一つの方法だと思っております。

 私が申し上げたかったことは、日本は法律制度が遅れております。しかし、医学界の専門家たちの申し合わせにより、体外受精は正式の夫婦、または確立した内縁関係の夫婦でなければ一応認めないことになっております。他の国々では、誰かの子宮で生むことが認められている社会があります。日本の場合はそれを認めません。体外受精は認めます。でもご夫婦か、確立した内縁関係の夫婦に限ります。妊娠しにくいから体外で受精するだけで、また女性の側の子宮に戻します。スウェーデンもやはりそれ以外の体外受精を法的に許しておりません。私はその理由が本当だと思って おります。「子供は親を知る権利がある」

 偉そうなことを申しましたけれど、実は日本は、法律制度がなかったため、50年にも及ぶ、夫以外の精子の体外受精ではなく、体内受精かもしれないという人工授精の歴史があります。これは、生殖医学の進んだいくつかの医学部などで行われ、日本もそのような形で生まれた人たちがほぼ、中年から初老の域に達しているはずです。アメリカはさらに10年早いのです。

 子供ができない人がなんとしても自分の子供を産みたい、女であるからには我が子を産みたいと思う気持ちは痛いほどわかります。しかし、生まれた側の立場に立ったときに、「私はどこから来たの?」ということを知る権利は子供の側にあると思います。父を知らぬ人も、まず母だけはたいてい判っています。生まれてすぐ捨てられた人も、いるかもしれません。死んでしまった人もいるかもしれません。しかし、たいていの方は母だけはいるし、少なくとも家族関係の中に生まれております。自分のアイデンティティの一番の基本は、やはり家族であり、その土地であり、地域です。

 また多くの人は、自分が選択して新しい家族を作り、そして運命的に家族として生まれるということを繰り返していくわけですが、そのあり様や形は非常に時代によって変わってきました。それはその国の社会が家族をどう定義するか、あるいはその国の宗教がどう定義するかによっても変わりますが、私はやはり、この人口論的に見た家族のあり方というのが基盤みたいなもので、その上に宗教性、道徳的、いろいろなものが繋がると思っています。人口論的に見た人類は、人生20年か30年くらいの時代を何千年も繰り返し、近代に至ってほぼ人生50年といってよい時代を作り上げました。これは時代の少しずつのずれはあるにしても、先進国ないし準先進国と言われる国々はほぼたどってきた同じ歴史だと思います。

 ちなみに日本の戦前の平均寿命を申しますと、例えば昭和15年(1940年)という年は、いわゆる太平洋戦争が始まる1年前ですから、国税調査による日本人の平均寿命は男子が46歳で、女子が49歳です。タリバンが制圧する前のアフガニスタンの平均寿命をWHOが出しておりますが、男女とも40歳です。まだ世界の中でこういう国はありますし、また、世界の5大陸の中で平均寿命が低下している大陸はアフリカです。これはエイズの発生が最も大きい国と申し上げれば理由はそれでおわかりだと思います。エイズでは年寄りは滅多に死にません。性活動活発な若い人たちが感染し、そこから生まれる子供が胎内感染して幼子と若者が死んでいく病気だからです。人類の歴史は、平均寿命が20〜30年くらいから始まり、人生80年社会にやってきました。

介護保険の見直し

 最初に述べたとおり、高齢化の歴史というのは人類の中で総人口の2割くらいの先進国が到達して数10年です。そして今世紀はアジアに高齢化が広がり、今世紀の後半くらいからはそれがラテンアメリカに及ぶでしょう。うまくいけばその次にはアラブに及び、そして、エイズが克服されて平均寿命が縮んでいるアフリカなどに豊かさが行き渡れば、今世紀末までにアフリカにまで高齢化の波が及ぶでしょう。

 高齢化というのは基本的にいいことでありまして、現在高齢化が及んでいない国と、及んでいる国との貧富の格差を考えたら、高齢化が全世界に及ぶことが望ましいのです。その高齢化の中で私たちはその対策を考えなくてはなりません。社会保障制度の根本的な見直しをしながら、人々は豊かに、また等しく貧富の格差はあってでも豊かさをよりよく分かち合いながら高齢社会を作っていかなければいけません。

 日本の介護保険制度はかなりよくできていると思います。しかし、これは他の先進諸国、ヨーロッパなどが福祉を発達させてきたからです。日本のような「家族ですべてやるべきだ」という考え方はなく、福祉が進められてきたのです。ところが、それでは追いつけない変化がこの20年30年の中で現れてきたため、かなりラディカルな介護保険というのを作り上げたのです。

 3年半を経て、2005年の介護保険の大きな見直しに向けて現在、国の審議会でも介護保険を改定する作業が進んでおります。介護保険も量より質が問われる時代になり、介護サービスの質の評価に対する検討、研究委員会が昨年の秋に立ち上がり、7つのサービス部門の部会を下に作りました。その中に評価のシステムと評価委員をどう養成するかという部会があります。この部会が集まって、どうのような評価基準にするかを決めました。モデル事業の予算も成立しましたので、今度の4月からの予定に100人か200人の評価委員を養成する予算もついております。

今までも、かなりの自治体が外部評価についての基準を作ったり、民間の団体が評価機関を作っておられました。国の制度で、グループホームに関しては第三者評価が入るということが制度化しておりますものの、これらはすべて任意であり、拒む事ができ、そして手当て方式でした。国の評価基準は、監査や格付けではなく、利用者が選ぶ時の選択の標準化であり、その上で各施設及びサービスが向上されることを望んでいるのです。

 現在あらゆる種類の業者の数をざっと数えますと、なんと10万に及ぶそうです。あらゆる業者が、国によるサービスの質の評価を受け、それが全部並べられるのです。その情報がすべて揃うということは、今回の介護保険の改正において一つの目玉になることだと思います。

尊厳

 さて、先ほど述べた「2015年の高齢社会を」のサブタイトルは尊厳です。思えば介護保険が始まった1994年の高齢者介護・自立支援システム研究会で、介護保険の前提になったときのキーワードは自立です。介護保険ができるときには、「高齢者=寝たきり老人」という意識がありました。ところが蓋を開けてみると、要介護認定の時点で起こったのが、ある場合には、手がかかるのに要支援、自立と出てしまったのです。何故手がかかるかというと、痴呆だからです。これは要介護度を身体介護、ドイツをモデルにしたからだと思います。いわゆるADL的な考え方でしたので、ドイツではほとんど痴呆は入っていませんでした。この3年半の実践の結果出た結論は、痴呆性介護がきちんとできていなかったら介護とは呼べないということです。

 痴呆性の高齢者にとって大事なのは「生きている限りの人間の尊厳」です。ものもいえない、判断もできない、人間であるのかないのかも判らない、「ああなったら私はもう生きていたくない」と個人で思うのは自由なんですが、周りの人が「もう生きている価値が無いのでは?」と考えたり、あるいは自分が何もいえない状況になったときに一番にくる柱が「人間の尊厳」なのです。

 介護保険が始まるときのシステム研の報告書には、「自立」という言葉がちりばめられています。「介護=自立支援」その通りなのですが、憲法上、介護保険が立ち上がるときの介護の軸足は憲法第25条「健康にして文化的な最低の生活を支える。そしてできるだけ福祉の増進をする」です。

 今回は軸足を憲法13条「個人の尊厳と幸福追求」に移しました。つまり、個人がどんな状態にあっても尊厳が守られ、その人がその人らしく生きていけるように支えるということです。とても難しいことではありますが、介護保険の3年半のプラクティスにより、ようやくここまでたどり着いたということです。ようやく介護保険も量から質が問われる時代になってきたということが、第三者評価で品質を保証していくということなのです。

介護保険の評価

 介護保険の3年半における私なりの評価を見ますと、2〜3年前と比べて5つくらい効果が上がったと思います。

 第1に、外部サービスの利用に関する心のバリアフリー的効果です。今までは外部サービスを使おうとすると「人に頼まないと姑の介護ひとつできないのか」などといわれ頼みにくかったのですが、今は本当に頼みやすくなりました。お年寄りも「国の制度ならどうぞ」となってきています。制度が変われば意識も変わるという典型的な例だと思います。

 第2がマニフェスト効果です。いまや街角を歩いていても介護保険に関する業者の看板や、サービス事業者のポスターが目に付きます。郊外に行くとかつて幼稚園のお迎えバスに会った頻度よりも多く、デイサービスのお迎えに会います。本当に町の風景が変わったなと思います。制度が変わった結果として風景が変わった、これは介護というのは社会もやっていきますよというマニフェスト効果というのが大きいと思います。

 3番目にサーチライト効果です。暗闇に光が入ってくると、その部分からものが見え出すのです。典型的な例でいうと、虐待が目に見え始めたということです。特に家庭において日本は、家族と一緒に居さえすればノーマークで、同時に家族がやっているところに踏み込むことが禁じられていました。家族はある意味で神聖なる密室だったのです。介護保険という制度によって、家族という暗闇に外からの光が限られた範囲ではありますが入ってきました。病院を退院するとか、民生委員からの依頼で訪問調査員が行く、ケアマネが行くというようになり、お年寄りの状態がわかるようになって初めて、日本中の在宅の高齢者の虐待の実態を集めています。虐待などないと思う方がいけなかったのです。それがわかってきました。

 4番目がエビデンス効果といいます。要介護認定者は300万人を超えました。一定の基準で認定調査をすることで、今までわからなかったことがいっせいにわかってきました。その一つが寝たきり老人から痴呆性の介護へ、痴呆性介護がちゃんとできなければ介護とは呼ばないということです。
 また、高齢者介護が出てから報告書に基づいていくつもの研究会が立ち上がり、特にリハビリテーションについては、2015年の高齢者介護にはリハビリテーションの見直しというのが入れてあります。今までのリハビリテーションは必ずしも適切では無かったといわれています。なぜなら、今までのリハビリテーションはシーン別にやっていたのです。

 日本人の3大死因というのは「ガン、心臓病、脳卒中」です。脳卒中中心のリハビリテーションだったのが、介護保険が始まり、要介護度になり、また要介護度が上がっていく原因がわかったのです。男の方は脳卒中が多いのですが、女は転倒、骨折、寝たきりというのは非常にはっきりでています。今まで当てずっぽうだったものが、データに基づいて政策を立て、そして実際に介護予防していこうということになってきています。
 5番目に、介護保険というのは、ケアマネージャーをキーマンとして医療、福祉、保険、住宅建築や改修を含め、ハード、ソフトみんながネットワークをすることが地域福祉の地域包括ケア的な基礎となっています。このネットワーク効果は、介護保険を軸としながらどのように新しい地域作りをしていくかということです。特養なら、特養でいいサービスをすればよかった時代から、地域の老いを支える核にならなければ施設としても生き残れない時代に入ってきました。ある意味では全て高齢化の結果です。かつては個人の老いや病気を看取る役割は、家族の中で自己完結的に行われてきたのです。

 人生50年において、人が生まれ育ち、そして一人前になって結婚し、次の世代を生む頃には一代上の世代が寿命を迎えて生涯を終わるという循環的な社会でありました。

 人生90年、100年になりますと、これが循環しなくなりました。特に近代社会では、家族の中で高齢者の介護を自己完結的にできなくなってきました。そこで介護という言葉が生まれてくるわけです。法律的に介護という言葉が登場したのは、昭和38年の老人福祉法です。「すでに介護を要する者で、家族で介護ができない場合には・・・」という特養を指定した文です。このとき初めて、措置ではありますが特別養護老人ホームの経済的用件が取り払われました。しかし、これは所得税法上貧しい人でなければ入れない条件に満ちておりました。つまり、介護保険になるまでは特別養護老人ホームの費用はというと、その人の所得に応じて分担することになっていたのです。例えばちょっとした高給取りは自分の給料と、扶養義務者の給料両方をあわせて考えます。自分が厚生年金あるいは共済年金をもらっていて(今の金額で20万円と少し)、扶養義務者の年収もそこそこ1000万くらいあれば、当時の特養の費用は28万円くらいでした。それが、老人病院に入れば、健康保険ですので数万円から10万円くらいで済むのです。ですから中流サラリーマン家庭にとって特養は費用の面で使いづらいものでした。介護保険というのはこうした福祉施設の費用などを根本的に改め、要介護度により1割となりました。

 家族の変化について端的に言えば、標準が3世代家族から、4世代、5世代家族に大きく変わってまいりました。今までは、3世代の真中の世代が子供を産み、上の世代が孫育ての手伝いをし、そうこうしているうちに孫が大きくなり、上の世代は年老いて、そして見送りという循環でした。人生50年のうちは循環がきいていたのですが、今や80〜90が第1世代、50〜60が第2世代の4世代家族になってまいりました。なにかの支えがないと介護を看取りきれない社会になってきたのです。

地域で支える

 今の平均寿命は女が85歳ですが、やがて89歳までになります。85〜90歳を第1世代とすると第2世代の息子、娘、嫁は還暦です。60歳を過ぎると命が盛りとはいえません。介護があまりにヘビーだと倒れる危険水域です。まさに労働介護で、これには縦と横があり、横の場合は老夫婦、縦の場合は嫁や娘や息子です。ここ数年の会社の再雇用制度を見ると良くわかりますが、以前は1年ごとに再雇用していました。しかしここ数年、再雇用を希望しない人が増えてきました。なぜなら、再雇用制度を始めた20年前の定年者には、もう親がいない人が多かったのです。しかしこの20年で、60歳になっても親がいるのが当たり前となってきたのです。そこで、今までは1年ごとに身体検査をし、希望を聞いての週5日勤務でした。それを柔軟にして週2日とか3日でもいい、1日のパートタイムでもいい、もちろんその分の給料しかないですが、この介護のために全くの引きこもりになるよりは協力し合いながら介護をして、また仕事もして小遣いを稼いだらいいのではないかという柔軟な企業も出てきました。これもこの20年の変化をよく物語っていると思います。労働介護は共倒れの元です。

 また、これからの結婚では一人っ子同士の結婚に近いですから、末広がりではなく、逆広がりになります。家族関係で一番難しいのは、祖先同士の人間関係をどのように行っていくかです。昔風の長男優先の考え方ではなく、より広がった親族関係、そして地域で支えることを基礎としたがゆえに、血族の良さを失わない関係ができるのだと思っております。

 そのようなことを考えると、これから介護保険をより良くしていくために韓国との交流もますますしていきたいと思いますが、今、日本にとって介護保険の最大の課題は、20歳以上に対象を広げ、この中に障害者の介護も取り込むかどうかということです。おそらく大変大きな争点になるだろうと申し上げて私の話を終わりたいと思います。

プロフィール

樋口 恵子 (ひぐち けいこ)

評論家
高齢社会をよくする女性の会 代表
高齢社会NGO連携協議会 代表(複数)
東京家政大学名誉教授

経歴
1956年 東京大学文学部美学美術史学科卒業
東京大学新聞研究所本科修了
その後、時事通信社、学習研究社、キャノン株式会社を経て、評論活動に入る。
2003年3月まで、 東京家政大学教授、「女性と仕事の未来館」初代館長
その他 地方分権推進委員会委員、総理府男女共同参画審議会委員、
内閣府男女共同参画会議議員、「仕事と子育て両立支援専門調査会」会長、
厚生労働省社会保障審議会委員などを歴任。

主な著書
海 竜 社:「立った一度の女の人生」「老い方の上手な人下手な人」「女の人生七転び八起き」「こんなふうに老いたい」「主婦が変わる時」「生き上手は老い上手」「樋口恵子の元気が出る老い方」
文化出版局:「女の子の育て方」「私の老い構え」「ローバは一日にしてならず」 「働きながら老人介護」「過ぎてしまえば短い一生」「五十代、女ざかりと男の自立」「午後咲く花」〜素敵に不敵に〜
明治図書:「親と子の距離を考える」「育児は育児、教育は教育」「他人が見える教育」

その他:「共働きの子育て」(フルベール館)
「女と男の老友学」(労働旬報社)
「高齢社会へのパスポート」(草土文化)
「女の人生何時でもスタートライン」(有斐閣)
「サザエさんからいじわるばあさんへ」(ドスメ出版)
「私は13歳だった」〜一少女の戦後史〜(筑摩書房)
※第43回全国高校生感想文コンクール課題図書
「盛年」〜老いてますます〜(学陽書房)
「ワガママなバアサンになって楽しく生きる」(大和書房)
「チャレンジ」〜70歳の熱き挑戦!(グラフ社) 

編著(共著を含む)
「対談 家族探求―樋口恵子と考える日本の幸福」(中央法規出版)
「女はなぜ子供を産まないのか」(労働旬報社) 「花婿学校」(三省堂) 
翻訳本:「沈黙の季節」 ゲイル・シーヒー著
監訳本:サンブックス 「めざせ100歳!」 デービット・マホーニ/リチャード・レスター著
その他多数