ミッション

5月 韓国に行くのに、PCR検査を5回受けた。
1回目は渡航直前の陰性判定証明書。
韓国仁川空港に着くと携帯電話に行動を表示するアプリを入れて。
帰路、地域の保健所に立ち寄って2回目のPCR検査。
自家隔離2週間、毎日朝夕検温して健康状態を報告する。
その間一人で掃除、洗濯、食事の準備、皿洗いをする。
隔離終了2日前には、再度保健所で3回目のPCR検査。
陰性判定で隔離解除になるが、体力、精神力がかなり必要である。
今回の韓国訪問の目的は理事会と父の追慕礼拝出席である。
ソウル、木浦、務安、咸平、京畿道坡州を廻り、父の影響を受け社会事業をした5名の先輩たちのお墓と坡州の崔書勉先生と元駐韓日本国大使金山政英先生の墓を参拝した。
みんなで生きていこう。共に生きていこう。
そう大きく叫んだ共生園創始者・父尹致浩(ユン・チホ)の肝っ玉がうらやましい。
日本の植民地時代、解放後の親日派、6・25戦争、4・19学生革命、軍部独裁など、激動の韓国近代史の中で、小さな共生園が93年間も守られたのは愛してくださった木浦市民のおかげです。
子孫として、私は共生福祉財団職員と参加者に創始者の共生主義を覚え木浦市民に感謝しようと呼びかけた。
社会福祉で重要なことは地域の市民の理解と愛を受けることである。
帰国2日前、そのための4回目の PCR検査。
検査はその都度、一瞬、緊張と恐怖と焦りと不安がよぎる。
もし陽性判定が出たらどうしよう。
外国人の韓国入国禁止で妻と娘は日本にいる。医療保険証も韓国にはない。
その時、目を閉じて祈るようになる。
すべて、神様の意のままにしてください。
そして、帰国後関西空港で5回目のPCR検査を受け帰宅。
そこまでして、私はなぜ韓国に行くのか。
両親の遺業を守ってくれる方々への感謝と使命(ミッション)が私を韓国に引き寄せる。

社会福祉法人こころの家族   尹基(Tauchi Motoi) 2021年7月1日

       
 
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